ガラスの棺 第21話


大きな爆音と共に、アヴァロンが激しく揺れた。

「被弾したの!?」
「まじかよ!?」

ロイドがシュナイゼルの命令で秘密裏に開発していた超高性能なステルスとメタマテリアルを使用した光学迷彩はこの新生アヴァロン専用の機能だった。周りの景色と完全同化したため、この巨大な物体を目視で、あるいはセンサーで発見するのを困難としていたはずだが、もう解析され対応されたのかと、ミレイとリヴァルはガラスの棺にしがみつき顔を青ざめさせた。
ルルーシュの遺体が安置されていた艦橋は途端に騒然となり、科学者たちの声が飛び交い始めた。別の場所にいたジノとアーニャが駆け付けると、空いている席に座り慣れた手つきで操作を始めた。ブリタニアの騎士であった彼らには、ブリタニア式のこの船の扱いはお手の物なのかもしれない。
被弾したのは幸い1発だけ。ここに旗艦があることは知られてしまったが、ジノとアーニャの判断で、即座に旗艦は移動を開始したため、追撃は受けずに済んだ。その後も闇雲に幾つものミサイルが被弾した空間周辺に撃ち込まれたが、それを読んでいた元ラウンズ二人の手にかかれば避けるのは簡単なことだった。
彼らから少し遅れてやってきたスザクは、ゼロの衣装を身につけていた。
何かあった時はあくまでゼロとして対応するためだ。
あのような形で誰がゼロか知られてしまったが、この仮面を引き剥がされない限り、ゼロ=枢木スザクだと確定はしない。そして確定していないのなら、別人で押し通すことは可能で、ゼロがこのような行動に出たのは、あのような愚かな発言をする面々に愛想を尽かし、死者を冒涜する行為に腹を立てたという体を装う事になっていた。
ルルーシュが遺した奇跡の英雄。それを完全に消し去ることを躊躇ったのもあるが、まだゼロには利用価値がある以上、捨てるのはもったいないと判断したのだ。
とは言え中身はスザク。指示を出すのにスザク以上の適任者であるジノとアーニャがいるため、余計な口出しはせず彼らが対処しているのを、ゼロとして眺めるに止めた。
それから数分後、慌てる素振りもなく艦橋にやってきたシュナイゼルは迷うことなく司令官席に座ると、即座に指示を飛ばした。

「ロイド。ブレイズルミナスの起動を」
「いいんですか?姿を見せちゃって」
「被弾したと言う事は、こちらを見つける方法を手に入れたと言う事だ。ならば姿を隠す意味はない」

初弾を当ててきたということはそういう事だ。その後全弾外したという事は、まだ精度は低いのか、連続使用が出来ない可能性はあるが、その装置が使えることは実証された。
それに、ステルスと光学迷彩はブレイズルミナスと同時に使用する事は出来ない。
すでにタネが知られた目隠しと鉄壁の防御。どちらを取るか考えるまでもない。

「そうれもそうですね、では防壁を張りましょうか」
「ミサイル2発、4時の方向から。被弾まで20秒」

アーニャの声に反応するように、ロイドとセシルは息の合った操作を行い、ミサイルが着弾する前にブレイズルミナスを展開させた。接触した弾丸は、アヴァロンに届くことなく爆発した。

「シュナイゼル殿下、黒の騎士団のKMFが接近してきました」

ジノはモニターから目を離すことなく告げ、いくつか操作した後正面の巨大モニターにその映像を映し出した。

「成程、通信一つなく総力戦を挑んできたのかな」

モニターに映る敵の信号は、周辺の基地から総動員させたと思われる数だった。

「さて、どうしたものかな」

シュナイゼルが緩く笑いながら目を細めた時、ニーナも艦橋へやってきた。被弾した時にシャワーでも浴びていたのだろう、髪がまだしっとりと濡れていた。

「ジノ君、替わるわ」

使い方は旧アヴァロンとあまり変わらないため、ジノの居たオペレーター席にニーナは座った。セシルとロイドもいるから、ここは三人で十分だろうと判断したシュナイゼルは楽しげに言った。

「ナイトオブラウンズ、ナイトオブスリー・ジノ・ヴァインベルグ。そして同じくナイトオブシックス・アーニャ・アールストレイム」

名前を呼ばれた二人は、反射的に騎士の礼を取った。
騎士として、軍人としての行動が骨の髄まで沁み込んでいる二人は、司令官からの指示を真剣な表情で待った。本来であれば元ラウンズと呼ばれるべき二人だが、騎士であった頃と同じ扱いに、二人の意識もまた騎士であった頃に戻っていた。

「そして、ゼロ」

状況を伺っていたゼロは、緩く顔を動かしシュナイゼルを見た。

「以上三名はナイトメアフレームに騎乗し、敵機を殲滅せよ」
「「イエス・ユアハイネス」」

ジノとアーニャは迷うことなく是と答え、艦橋から飛び出し、格納庫へと駆けていった。

「私にも戦えと?」

だが、ゼロはその場に立ち尽くしたまま低い声でそう尋ねた。
二人の足音が遠ざかり、扉が音もなく閉ざされる。

「君の蜃気楼は積んできた。王の安全のためにも、露払いは急いだ方がいい」

何が起こるか解らない以上、先にこちらの戦力を見せ付けたほうがいい。
元円卓の騎士3人の力を見せつければ、彼らも下手な手を打てなくなる。
いや、できるなら黒の騎士団のKMF部隊に壊滅的なダメージを与えたいが、スザクは間もなく戦闘が始まるのにルルーシュの棺から離れるのを嫌がっているようだった。

「君がすべきは、本物のゼロがこちらに与していることを明確に示すことだ。彼らがゼロに敵対することの意味を忘れたと言うなら、思い出させてあげようじゃないか」

ゼロは悪を裁く存在。正義は常にゼロと共にある。
一生逃げ回ることは不可能なのだから、どちらが善でどちらが悪なのかを明確にし、カグヤの暴走を止める必要がある。カグヤだけではない、扇とナナリーにもどちらに正義があるのか思い出させ、自分たちの罪を思い出させる必要がある。
権力に溺れた為政者を世界に知らしめ、ゼロが裁くという絵を描くのだろう。

「・・・ルルーシュを頼む」

ゼロはそう言うと、マントを翻しその場を離れた。
その時にはすでに数十機ものKMFがたった1隻を取り囲み、銃口を向けていた。

超合衆国議長である皇カグヤから直接出された指令は、この謎の戦艦を撃ち落とし、中にいる反逆者を捕縛する事であったが、全体を覆うブレイズルミナスが邪魔をして撃ち落とすどころか近寄る事さえ出来なかった。
・・・なにより、この謎の戦艦。
今世界各国で取り上げられているニュースを目にした者ならば、ゼロと元ナイトオブラウンズの二人が乗って姿を消したあの戦艦ではないのか、自分たちは英雄ゼロを敵に回しているのではないかと、パイロットたちは動揺を隠せずにいた。 黒の騎士団は元を正せばゼロが率いていたレジスタンス。死亡したとされた時以外、ずっと騎士団の頂点に居たのはゼロだった。
今はCEOという地位を退いてはいるが、トップはゼロだと団員だけではなく世界中の者は思っているし、何より世界はあの各国代表による愚かな争いを知らない。
英雄ゼロを蔑ろにしている事を知らないのだ。
その正体が元ナイトオブラウンズ・ナイトオブセブンであり、ナイトオブゼロであった枢木スザクだとゼロに近しい代表が発表をした経緯も不明で、国民的人気を誇っていたキャスターのミレイ・アッシュフォードの、問いかけの答えも憶測の域を出ていない。
そんな中で、ゼロを敵に回すようなこの攻撃。
超合衆国の命令ではなく、皇カグヤの命令。
まるで暗殺の危機に気付いたゼロがシュナイゼルと共に腹心の部下を連れて姿を消していたようにも見えるこの状況。
本当に攻撃していいのだろうか?
ゼロが枢木スザクだから敵だと?
いや、ナナリー代表も扇代表も、皇議長も彼に対しては好意的な発言をしていた。
悪逆皇帝を倒すため裏切りものと罵られる覚悟でその騎士となり、嘗ての主の仇を討ったのだと褒め称えていた。
それなのに、突然敵に?
本当にいいのだろうか。
古くからいる団員は、まるでゼロの死亡が発表されたあの日、蜃気楼を追った時のようだと感じていた。そもそも奪われた蜃気楼には誰が?あの日蜃気楼は問題なく動き、そして逃げ切った。では初代ゼロはどうして死んだ?そんな考えが彼らの頭を占め、最初は激しかった攻撃は次第に弱まり、やがて攻撃は止んだ。
その隙きにブレイズルミナスの一部が解除され、3騎のKMFが飛び出した。
あのダモクレス戦を知る者ならば誰もが知る機体。
ナイトオブラウンズが駆るトリスタン、モルドレット。
そして黒の騎士団の指揮官機でありゼロの専用機、蜃気楼。
旗艦の正面に移動した蜃気楼は、悠然とした姿で自分たちを囲むKMFの前に立ちはだかり、オープンチャンネルでの通信を行った。

『私は、ゼロ』

映し出された画面には、仮面の指導者、英雄ゼロ。
その姿に団員は全員息を呑んだ。

『これより先の攻撃は、私に対する敵対行動とみなす』

それは、黒の騎士団に対する決別の言葉だった。


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